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学校健診について

投稿者 j_sugimoto 日時 2025年4月6日

4月になり、新学期のスタートですね。

学校健康診断(以下、学校健診)に関して、特にここ数年、繰り返されるのが、「脱衣」の必要があるかどうかという話題です。確か昨年にはSNSに「小学校の健診で児童が上半身裸で診察を受けた」ことに対する疑問の声が投稿されたことがきっかけだったと思いますが、新聞などでも大きく報道されました。

そこで、今回は、私達医師(学校医)が、どういう目的で学校健診を行っているのかについて、お話させていただきます。

まず、学校健診とはどういうものでしょうか。学校健診は、日本ならではの取り組みとして「学校保健安全法」という法律で実施が義務づけられていて、児童・生徒および職員の健康を維持・改善するために、毎年5~6月に、全国一斉に行われます。

学校健診の目的は「スクリーニング」です。学校での集団健診という形を取ることで、非常に高い参加率を維持することができ、隠れた病気を高確率で発見できます。ただ、限られた時間でたくさんの人数を診てスクリーニング(ふるい分け)するため、一人あたりにかけられる時間が短いという制約もあります。

実際の健診では、身長と体重を測定し、低身長や栄養不良、栄養過多(肥満)がないかどうかをチェックします。以前は胸囲や座高も測定していましたが、現在は成長の評価には不要とされて、行われなくなりました。
そのほかにも聴診器を使って心臓や呼吸の音を聞く「聴診」、首を触ってリンパ節や甲状腺の腫れの有無を確認するなどの「触診」、皮膚状態や体型などをみる「視診」はもちろん、背骨や四肢に問題がないかどうかみる「運動器検診」、「視力・聴力検査」、「尿検査(提出)」などを行います。
また、特定のタイミングでは「心電図検査」も行います。

こうした学校健診で、脱衣による診察が行われてきた理由、それは、「着衣ではわかりづらい病気」を見つけるためです。

まず、聴診時には、心臓と呼吸の音を正確に聴くことが重要です。衣類の上から聴診を行うことは可能ですが、音が聞こえにくくなったり歪んだりするため、心雑音や呼吸音の異常を正確に捉えることが難しくなります。
ただし、聴診のためには、裸になる(脱衣)必要はありません。衣服の下に聴診器をもぐり込ませて聴診を行えば良いからです。
実際、医療機関の診察室ではそのようにして聴診することも多いです。
聴診を行って見つける病気は、一つは心疾患です。心疾患は学校健診以前に発見されていることが多く、心雑音が見つかる頻度は高くはありませんが、ゼロではありません。
もう一つは、呼吸器疾患です。喘息などの呼吸器疾患が見つかることがあります。

では、なぜ学校健診で脱衣が必要だと私が考えるかですが、上に書きましたように、「聴診だけ」に限って考えるなら脱衣は不要です。
どうしても脱衣で行いたいのは、衣服で隠れる皮膚や体型を視診(直接目で見る診察)する必要があるからです。
皮膚炎などの皮膚の病気がないかどうか、虐待やいじめの兆候がないかどうかを視診でチェックする際は、できるだけ目に見える範囲が広くなる脱衣のほうが良いです。特に虐待やいじめによるあざは衣服で隠れる部分に多いので、着衣ではどうしても見つけられません。

皮膚の病気でもっとも多いのは、コントロール不良のアトピー性皮膚炎や湿疹です。こうした皮膚の病気のあるお子さんがいた場合、定期的に皮膚科や小児科に通院しているかどうか、その情報を学校が把握しているかどうかを確認し、受診歴がない場合には学校からご家族に受診を促すように伝えてもらいます。

虐待に関しては決して多くありませんが、あざなどが見つかることがあります。ただ虐待の痕跡を見つけても、健診は短時間ですし、子どもは信頼できる相手でなければ正直に話すことが難しいので、すべての虐待が診断できるとは全く思っていませんが、それでも、身体や頭髪や衣服などの状態、本人の様子を総合的に見て、暴力による虐待やネグレクトなどを疑うきっかけになることはあります。
また、健診の機会が定期的に設けられていることで、子ども自身が虐待を受けていることを相談するきっかけになることもあるでしょうし、虐待やいじめを行う人が発覚を恐れることもあるでしょう。

もう一つ、視診により見つかるのが運動器の異常です。2016年から開始された「運動器検診」は背骨が左右にねじれ曲がる側弯症を含む背骨の病気、胸部が凹む漏斗胸ろうときょうなどの胸郭の異常、手足など四肢の異常を見つけるためのものです。
このうちもっとも多く見つけられるのが、側弯症です。生まれつきの場合もありますが、8割以上は「特発性側弯症」といって主に思春期に進行するもので、これは、11歳以上の女性に多く、早期発見できないと手術が必要になることもありますが、進行が緩やかなために見つけづらい点が問題です。
そのため学校健診で、肩の高さや、肩甲骨、ウエストラインの左右差を評価し、必要だと感じた場合は前屈したときの肋骨隆起(背中の高さの左右差)を確認します。この際、着衣だと評価が非常に難しくなるため、脱衣が望ましいのです。

運動器検診を開始後、学校健診で側弯症が発見されるケースは増えています。ある研究では、運動器検診開始後、思春期特発性側弯症全体のうち学校健診で発見された割合は75%で、運動器検診開始前の44%よりも改善し、また発見時年齢も下がっていることを報告しています。学校健診は側弯症の早期発見につながっていると言えそうです。

なお、運動器検診では、事前に保護者向け問診票が配布され、家庭で保護者が子どもの背中をチェックすることになっています。これは学校と家庭のダブルチェックで見落としを少しでも減らし、早期発見の可能性を高めようという試みです。

SNSなどを見ていると、学校医は医師の既得権益であるという意見もありましたし、逆に、対価は少なくほぼボランティア、という意見もありました。
私から見ると、どちらの意見も的を射てはいません。
確かに学校健診は対価は決して多くはありませんので既得権益などというものでは全くありませんし、短時間にたくさんの子どもたちを診察しなくてはならないため、負担が軽いとはいえません。でも、地域の子どもたちの健康を守るために、小児科医としての誇りを持って対応しているつもりです。対価は少ないですが、ボランティアということもありません。

ここまで、医師・医療者としての思いをお伝えしてきましたが、身体を見られたくないお子さんの気持ちは理解できます。子ども時代に配慮不足で尊厳を傷つけられたという思いは、一生残るかもしれません。だからこそ私たち医療者は学校とともに、子どもたちに納得し安心して健診に臨んでもらえるよう十分な説明を行い、可能な限り配慮していく必要があります。

文部科学省からは、児童生徒等の健康診断の実施にあたってプライバシーや心情に配慮することが重要であるとして、
1)診察時に児童生徒の身体が周囲から見えないよう囲いやカーテンなどを準備する
2)児童生徒の診察に立ち会う教職員は同性となるよう役割分担を行う
3)着替える場所の準備や待機人数を最小限にするなどの工夫を行う
4)正確な検査や診察に支障のない範囲で着衣やタオルで体を覆うなど児童生徒のプライバシーに配慮する
などが提案されており、可能な限りその指針に沿って学校健診が行われています。

私が子どもだった昭和時代には、パンツ1枚でずらっと並ばされるようなこともありましたが、少なくとも現在の学校健診ではそのような風景は全くありません。

さらに男女ともに同性の医師が対応できる体制を作れればもっと理想的かもしれません。
しかし、残念ながら、学校健診に対応できる女性医師が少ないことを考えると、そこまでの体制を整えるのは現実的ではありません。

一方で、学校関係者や保護者など、子どもに関わる大人は、「学校健診で医師に身体を見せることは、正しい診察を受けて、自身の健康を守るために必要である」ことを、子どもたちに詳しく説明することも大切ではないでしょうか。
「子どもが脱衣を嫌がるから着衣のままで」では、単なる思考停止です。必要なことは必要であると「言ってきかせる」のは、関わる大人たちの責任です。

そのうえで、どうしても集団健診に抵抗がある場合は、クリニックでの個別健診という選択肢も今後は議論に上がるかもしれません。
ただ、個別健診にすると、親子で診療時間内に医療機関へ足を運ぶ必要があるため、健診実施率はどうしても下がります。子どもの隠れた病気や虐待やいじめの兆候などを見逃さないためにも、個別健診にする場合は必ず受診できるような仕組みを考える必要があります。

学校健診だからこその高い実施率によって子どもの隠れた病気、虐待やいじめの兆候などを見つけて治療へつなげたい、それにより子どもを救いたい、という思いが我々医療者・学校関係者側にはあります。
そして保護者の皆さんが脱衣による健診に懸念を抱くのも「子どもの気持ちや尊厳を大切にしたい」という気持ちからでしょう。
どちらも子どもたちのことを大切に思っているからこその意見ですから、同じくらい重要だと私は考えます。医師と学校、保護者、そしてお子さんが健診に対する知識や考え方のギャップを埋め合う努力をし、納得して健診が受けられる環境が整うと良いな、と思います。