reservation.gif

RSウイルスの検査について

投稿者 j_sugimoto 日時 2017年9月19日

現在、RSウイルス感染症が流行しています。

そして、当院のブログをいつも読んで下さっている方には、「またその話か」とうんざりする話を今日も書きます。
そうです、RSウイルスの検査についてのお話です。
何度か書いているお話ですが、また書かせて下さい。

先日来、よくある話なのですが、1例をあげます。

「風邪症状があるので、RSウイルスの検査をするように保育園に言われました」

2歳の男の子を連れたお母さんが、診察室で、そうおっしゃいました。

この男の子は確かに鼻水が出ています。
元気な表情で、全身状態・呼吸状態も良好です。

家での様子を聞くと、食欲は旺盛で、よく眠れ、よく遊ぶようです。
鼻水と、少し咳が出ますが、ひどい咳ではありません。

診察をしてみました。
胸の音は全く綺麗です。痰の絡む音もしていません。
口の中や喉にも異常所見はありません。

現在、RSウイルスが流行っています。
この子も、RSウイルスによる風邪の可能性が高いです。

(困ったな、どうしよう)

こう思うのは、私だけではないと思います。
世間では実にたくさんの小児科医が、この問題には頭を悩ませています。
小児科医の集まりで、よく話題に出ます。

ここでの対応として、いくつかの選択肢を考えてみます。


1)「仮にRSウイルスだとしても大丈夫ですよ。安心して保育園に行ってください」

この対応が、医学的には完全に正しいです。
喘息や慢性肺疾患、免疫不全などの基礎疾患があれば稀に重症化することがありますが、普通は重症化しません。

しかし、今回は「子どもが大丈夫なのかどうか」はあまり重要ではありません。
このお母さんは、自分の子どもが大丈夫であることくらい分かっています。
こんなに元気な子どもが大丈夫でないわけがありません。
でも、「RSウイルスの検査をするように」と保育園に”命令されて”受診しています。
「RSウイルスの検査をしてもらえるかどうか」だけが大事なのです。
「仮にRSウイルスだとしても大丈夫ですよ」という対応だと、RSウイルスではないと保証もしてもらえず、「検査をしてもらえなかった」ということになり、もし親が納得してくれたとしても、保育園は納得してくれないのです。
医学的に正しくても、主治医(この場合は私)と親の間でもめるか、親が保育園との間でもめるか、です。


2)「検査するまでもありません。絶対にRSウイルスではありません」

「絶対にRSウイルスではない」という診断書を書けば、保育園は一応の納得をするかもしれません。
しかし、これは医学的には正しくありません。
RSウイルスは年長児や大人にとっては「鼻カゼ」ですので、RSウイルス感染の可能性があります。
「絶対にRSウイルスではない」という診断は、医学的には嘘になります。


3)「では、RSウイルスの検査をしましょう」

保育所の命令に素直に従った対応です。
医療はサービス業なのだと割り切ってしまえば、ある意味、正解のように見えます。

しかしこの対応にはとても大きな問題があります。

まず、2歳児のRSウイルス検査は、保険診療外です。
RSウイルス検査の保険適応は「1歳未満」です。
(入院中やシナジス適応など一部の例外はありますが)
2歳で入院していないお子さんは、RSウイルス検査の保険適応がありません。
適応がない場合は自費診療となります。
「検査だけ自費」というのは混合診療といって認められていませんので、診察料も全て自費になり、検査料と診察料を合わせてだいたい8000円くらいになります。

鼻水が出るたびに、全ての園児が、それだけの費用を負担して、RSウイルスの検査をするのでしょうか。

また、仮に自費検査を希望されて、結果が陰性だったとします。

陰性を確認したので、このお子さんは、保育園に登園できます。
ですが、例えば3日後もまだ鼻水が出ていたらどうでしょう。
「3日前にはRSウイルス検査は陰性でしたが、今も鼻水が続いているので、途中でRSウイルスにかかったかもしれません。また病院で検査をしてもらってください」と保育園に言われるかもしれません。RSかもしれない子を全て検査するべきと考えるのであれば、医学的には、前回の検査の後にRSウイルス感染をおこした可能性を考えるのは間違っていません。
そうなると、また同じだけ費用を払って検査をすることになります。
一体いつまで、どれぐらいの頻度で、検査をするのでしょうか。
保育園も、検査するように”命令”しながら、その問いに対する明確な答えは持っていないでしょう。


4)「RSウイルスの保険適応は1歳未満の子どもだけなので、検査できません」

保険適応外の診療というのは、現状の医学では不要とみなされているわけです。
これにも一定の議論や反論はあるとしても、少なくとも、国は不要だとみなしているわけです。
不要な検査だからこそ、保険適応外なのです。
ですから、医学的には、「保険適応外なので、できません」という対応は決して間違いではありません。

ですが、「できません」と突っぱねると、親はRSウイルス検査をしてくれる病院が見つかるまで他の医療機関を受診する(ドクターショッピング)だけです。
だって、保育園から「検査してくるように」と”命令”されているんですから。

そして、なんとか検査してくれる医療機関を見つけた後は、検査してくれなかった医療機関のことを「あのクリニックは、お願いした検査すらしてくれない」とママ友にお話するかもしれませんし、報告を受けた保育園の先生からも、「あのクリニックは必要な(と保育園が思った)検査すらしてくれないからやめた方が良い」と言われてしまうかもしれません。
つまり、正直な対応をしていると、その医院は評判が下がるかもしれません。


5)「すみません、うちは今、RSウイルスのキットがないので……」

検査はせずに済みます。ないと言われれば仕方ないでしょう。
そして、親はRSウイルス検査をしてくれる別の医療機関を探します。
つまり、全く意味がありません。


6)「検査をして来いなんて、どこの保育園ですか? 私から直接、連絡します」

いろいろと考えて、いろいろな経験もしましたが、結局は、これが正しい対応なのかなと今は考えています。
ただ、大変な手間暇がかかる可能性、さらに親御さんを巻き込んでややこしいやり取りになる可能性があるので、いつもできるとは限らない対応になります。

1歳以上の子供に、「RSウイルスの検査をしてきてください」という保育園の指示は、正しくありません。間違った指示です。
保育園から言っていいのは、「RSウイルスが流行っていて心配なので、医療機関を受診して診てもらって下さいね」までです。
保険適応のない子に対して「検査してきて下さい」とは、言い過ぎです。

お手紙やお電話では、なかなか、私達小児科医の意図は保育園の先生には正しく伝わらないでしょう。
できれば保育園の先生と直接会って、RSウイルスにどう付き合えばいいのかを話し合えれば一番良いのですが・・・。

保育園の先生が「RSウイルスが園内に流行するのを少しでも食い止めたい」と悩んでいることは、私にも伝わっています。そのお気持ちは素晴らしいことです、尊重します。
しかし、「風邪気味の子どもを徹底的にRSウイルス検査する」という方法は、医学的には正しくありません。はっきり言って、全く無意味なんです。
余計な混乱を生じさせ、親御さんを困らせるだけです。流行は防げません。
そもそも保育園の先生は、1歳以上の子どもに対するRSウイルス検査が保険適応外であることさえ知らないかもしれません。
あるいは、「検査しろ!」という風潮は、保育園の先生だけの意向ではないかもしれません。一部の保護者が「RSウイルスかもしれない園児を登園させるな!そんなのを登園させて野放しにしているからうちの子がRSウイルスにかかって迷惑してるんだ!どう責任取ってくれるんだ!」などと強く訴えていて、やむをえず保育園はたくさんの園児に検査を指示しているのかもしれません。
そうだとすると、保育園の先生にいくら説明しても、「わかってはいるんですが保育園としても困っていまして」と、埒が明かない可能性があります。
まさか園医の先生の指示だったり・・・まともな医者ならそんなこと言う筈がないので、いくらなんでもそれはないと信じたいですが・・・

当院から、保育園の先生あてに、「RSウイルス検査は1歳未満しか保険適応がないこと」「RSウイルス検査をしまくったところで、流行を食い止めることはできないこと」などを説明したお手紙を作ってみましたが、読んで理解してもらえるのか、「そんなことは知ってるけど一部の保護者のクレームに対処するには検査するしかないんだよね」とため息をつかれるだけに終わってしまうのか、さて、どうなんでしょう。


いろいろと書きましたが、当院では、1)+4)の対応をしていることが多く、どうしてもという場合には6)、ということになっています。


ともあれ、私の目の前にいるのは、保育園と小児科医(保険診療)の板挟みにあっている親御さんです。
保育園からは検査して来いと言われ、私からは検査はできない、する意味も保険適応もない、と言われる。
はっきりしているのは、親御さんは、完全な被害者です。